街の再生ワークショップ「ファッションアベニューAD」編

秋田市でにぎわっていたかつての商業施設は、今や活用方法が見出せないまま

空きビル・空き店舗化が進んでいるものが多くあります。

古い建物たちを再生させ、魅力的なお店が入居することでエリア全体をつなぎ、歩きたくなる街を作っていく。

そんな街づくりNPO法人での活動を経て立ち上げた「せいざ不動産」ですが、

今回は不動産業を設立する土台となった街の再生ワークショップを振り返りたいと思います。

(2024年NPO法人が主体となり開催しました)

舞台は思い出が詰まった秋田のデパート跡地や空きビル。

かつてのテナント構成や通行量データなどから過去を知り、

実際にもう一度お店を出店するために参加者全員で「妄想」し話し合う会。

名付けて「妄想!ディベロッパーズ」。

1980年代、秋田に最も活気があった時代にファッションと流行を牽引していた「ファッションアベニューAD」様にご協力頂き

1日だけADにあかりが灯ることが叶ったワークショップでした。

テナントの面影が残る建物

当日はY’s跡地を会場に使用させて頂きました。

1987年の開業時には地下1階〜地上3階までに総テナント数54店が軒を連ねていたというAD。

古着屋ハンジロー、Paul Smithなどの懐かしいテナント構成を紐解くところからワークショップは開始。

集合知でよみがえったかつての中心市街地

実際の秋田市中心市街地の地図に参加者の方々が当時の記憶を貼り付けていきました。

秋田駅前から広小路、大町へと店が林立していた1980年代頃の街。

20代から60代までの幅広い年代の方々にご参加いただけたことで様々な視点から街の姿を浮かび上がらせることができました。

特に60代の方々からは1980年代前後の店舗数が最大だった頃の広小路の情報が集まり、興味深いデータとなりました。

Screenshot

当時の秋田市中心市街地の経済を牽引していた百貨店・デパートの年表を作成。

店舗数が密だった様子が伺えます。

同時代にこれだけ多くの商業施設を買い支えることができていた秋田県民のパワーも感じますね。

商業データで読み解く街

個人の記憶を一元化した後は、

秋田市通行量調査結果、商圏人口データから当時の消費動向を読み解きます。

また、近隣で同規模の人口である盛岡市との中心市街地の比較検討を行いました。

これからの秋田の街づくり

最後に、現状の秋田市中心市街地にはどのようなテナントが求められているかを参加者の方々と意見交換を行いました。

特に興味深いのが、1つの点(店舗)を作って終わるのではなく、それらをつなげて回遊させる重要性を指摘する声が散見されたこと。

そのためには街全体を面として捉えた上で梃入れしていく必要があります。

今後秋田市中心市街地でのテナント出店を考えるにあたり、ただ自分の店1軒のみを考えるのではなく

そもそも業種に適したエリアなのか、周辺との相乗効果は見込めるのかなど

より広い視点で出店計画を練っていく必要性があると実感しました。

イベントなど一過性のものに頼るのではなく、自立した力のある常設店舗が増えることは秋田の街の経済を支える屋台骨になります。

今後も建物の再生を通して、街のあかりとなる店舗を増やし続けるためにこのようなワークショップを定期的に開催していきたいと思います。

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